やっちゃんの珈琲たいむ

2019年05月

ブラシの木
ブラシの木ポット仕立ての苗長い長い段ボール箱に入って
英連邦戦没者の墓地で見たブラシの木が忘れられず、この際とばかり、園芸店を家の近くから回ってみた。京急ハーブ、HOME’S、D2ケーヨーデーツー、CAINZ HOMEなど一挙に4店舗。しかし、タイミングが悪いとはこのこと。どの店にも姿形がなく、やむなく帰宅。ついに奥の手を活用。通販で検索したら次から次に情報が目白押しだ。お手頃な値段のブラシに目をつけてオーダーをかけた。書籍も時々オーダーするが植物のような梱包しにくいものでも最近は実に研究されていて2日かかったけれど、超長い段ボールの箱に入って無事到着。段ボール箱の真ん中には外の空気を触れさせるためか三角の穴があいていた。箱を開けたら中からポット仕立ての苗が出てきた。大阪から揺られて来たのだが全く問題なし。真っ暗な箱の中に1日入っていたので1日だけ少し薄暗い場所で休憩してもらい、お天気を見て予定地に植え付ける。ブラシの木というネーミングが気に入っているが日本の正式名は「金宝樹」。マニュアルには開花期が5月~6月、9月~10月とある。二度咲きなのかな?思い出の木がまた一つ増えた。

ピエール ド ロンサール
ピエール ド ロンサールプリグリムスペクトラ
このところ毎年順調に咲いてくれている我が家の薔薇がピークを迎えた。このピークを迎えるのに、まあまあ実にいろいろな面倒をみるものだ。他の植物はあまり面倒をみなくても咲いてくれるのだが、薔薇だけは肥料から消毒そして剪定と1年間手を抜く暇がないくらいお付き合いしなければならない。薔薇は植えた当初から僕の担当ではなく、家内の担当になっている。それでも消毒や剪定では高所は僕がやらざるを得ず、年何回かはお手伝いする。その結果が開花に繋がるから咲いた時の感激は何とも言えない。今年は大船フラワーセンターで手に入れてきた1本の薔薇がいつの間に枯れてしまい、そのスペースがぽっかり空いてしまった。どうも土の質がよくなかったのが原因らしい。心を入れ替えて土づくりから再挑戦。

ヴェルニー公園から海上自衛隊の護衛艦「かが」を見る
トランプ大統領が訪れる護衛艦「かが」横須賀ヴェルニー公園米軍基地に係留されている自衛隊潜水艦
令和初の国賓として来日したトランプ米大統領が最終日に横須賀港に係留されている自衛隊の護衛艦「かが」に来られる。「かが」はJR横須賀駅のすぐ横の岸壁に係留されているのでさぞかし、事前から警備が厳しいのではないかと買い物のついでにヴェルニー公園に行ってみた。ヴェルニー公園は最近薔薇の花で人気があり、沢山の人たちが訪れる名所になっているが、既にピークは過ぎていた。日中30度を越える暑さのためか人の姿はまばら。護衛艦に直接ヘリで来られると発表されているせいか公園内は特に警備らしい警備の状態ではなかった。最も当日になると人の立ち入りも含めて厳しくなるのかもしれない。対岸のアメリカ基地には旭日旗がなびく自衛隊の潜水艦が横たわっていた。



ブラシの木
ブラシの木オーストラリア戦没者の墓地歩道のポール
英連邦戦死者墓地は一か所だけではない。イギリス、オーストラリア、インドなど国によってスペースが分かれていた。ちょうど今の時期はグリーンの芝生が実に新鮮で気持ちが良い。イギリスのお墓を過ぎて次のオーストラリアのお墓に移る時、緑の生け垣に真っ赤な花が咲いている木があった。近寄ってみたらブラシの木。ボトルの中を洗うブラシにそっくり。前から気になっていて、自宅の庭に植えたいと思っていた。しかし、何故ここに植えてあるのかと思ったが、調べてみてその謎がわかった。ブラシの木はオーストラリアからニューカレドニアに分布する比較的小ぶりな常緑性の花木。戦死者が遠い故国を思いだすように植えられた木に違いない。下段中の写真はオーストラリアエリアの墓石の一つ。十字架と軍のマークがつけられている。
安らかにお眠りください。

英連邦戦没者墓地
英連邦戦没者墓地英連邦戦没者墓地英連邦戦没者墓地
この墓地は英連邦戦没者墓地委員会CWGC(Commonwealth War Graves Commission)によって管理されていた。この委員会は英連邦で軍役に従事し、第一次世界大戦及び第二次世界大戦で命を落とした170万人近くの戦没者の慰霊を行っていて、世界153ヶ国に散在している中の一つということだ。日本の墓地と違い広大な芝生の中に同じ形の墓石が等間隔で並び、墓石の横に背丈の低い薔薇が植えられていて、一つづつに戦死者の名前、年齢、亡くなった日、仕事が書かれていた。中にはメッセージが書かれたものもあり、少ない語彙力で解釈しても悲しさが伝わってきた。戦死者の年齢もまちまちで19歳や20歳とういう若い人から40数歳の方のお墓もあった。自分の年齢とどうしても比較してしまい、もし、亡くなっていなかったら今は何歳か計算してしまう。100歳を越えている遠い昔の出来事ではあるけれど異国で亡くなり故郷から遠く離れた日本に埋葬されていることを考えると、戦争がいかに愚かなことであるかを改めて考えさえられた。お墓は沢山の日本人によって管理されている。ふりそそぐ太陽の下で黙々と植木の手入れ作業をしている人たちの姿が見られた。

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